


history経歴:後半
前半のあらすじ
「ここは仙人の露天風呂じゃぁ〜」温泉のCMで悟りを開いた仙人、金田一仁志の血を引く男、金田一。
8歳から17年に渡る「ミュージカル修行」を経て、専門学校でデザインという新たな悟りの境地に。アパレル会社への転生、大手ショッピングモールでの伝説の「光速作業」の習得。そこで会得した「奥義・効率化の術」は、8人分の仕事を3人で成し遂げる神業として、今なお語り継がれている…。
そんな私の前に次々と現れる、転生の誘い。映像会社、デザイン事業部、はては母校の講師まで。
到来する「ビジネスモテ期」。
しかし28歳の誕生日。2018年9月6日。その日、天は私に最大の試練を与えることになる。
仙人の血を引く男の物語は、後半戦へ続く…。
2019年 金田一、独立する。けどすぐに社員にもなる。
専門学校の講師を務めている関係で、フルタイムでの就職は難しいと考えていました。
恩師から引き継いだ講師の仕事も続けたい。そこで選んだのが個人事業主としての道です。
役所に必要書類を提出し、晴れて青色申告の妖精さんに。
実は卒業してからずっと、個人でも仕事を請け負っていました。
個人での初めての仕事は21歳の時。自分が出演したミュージカルのパンフレット制作でした。
8年間、隠れフリーランスとして活動していました。とはいえ、舞台のチラシや名刺が中心だったので、本格的に始めるなら営業活動が必要でした。
様々な経験を重ねてきたため、知識的にはわりかし幅広くカバーできます。ただ、デザインが特別に優れているとか、尖った個性があるわけではありません。あくまでも商業デザインが専門です。
そんなスキルセットを持つ人材を必要としている会社はどこだろう。
個人に仕事を依頼したいと考える人は、どんな方だろう。
デザインで培った思考を活かして「誰にフォーカスするか」の分析を行いました。
D-creationでの経験から、映像編集と映像デザインはスキルが別物だということを知っていました。
映像のデザインを手がけた経験があるということは、一つのアドバンテージになるのではないかと考えました。
さらに、映像の仕事を受注する際、WEBやチラシの制作も同時に依頼されることが多いことも知っています。
そして、仕事を持っている方は年上の方が多いということも知っています。そりゃそうか。
つまり「映像会社のおじさん」が金田一と相性がいいのではないか、という仮説を立てました。
あとは映像会社のおじさんに気に入られるにはどうすれば良いか、という戦略を考えれば良いのです。
ただ、さすがに「映像会社のおじさん」だけでは範囲が狭すぎて周りにいないので、
「映像会社の方」か「仕事を持っているおじさん」に連絡することにしました(実際には、連絡先を知っている方に「正式にフリーランスになりました」と連絡を取りました、それはもうたくさん連絡しました)。
手探りでしたが、個人事業主としての生活がスタートしました。動き出せば何とかなるね。
そんな中、昔一緒に舞台で共演した友人から連絡が。「父の会社に営業に来ませんか?」
詳しく話を聞くと、なんとお父様は映像会社の社長さんでした。
見つかりました。映像会社のおじさん!
もちろんすぐに連絡を取り、ご挨拶に伺いました。
まさに狙い通り。外注スタッフとしてお仕事をさせていただくことになりました。
3つほどホームページの制作をさせていただいた後でしょうか。
突然、社長さんが自宅に襲来しました。一緒に食事をし、仕事の話をして、「うちの会社に来ないか」とお声がけいただき、
有限会社willplantの社員として入社することになりました。
専門学校の講師、個人事業主、制作会社の社員。3つの顔を持つことになりました。
以前は「残業は絶対に避けたい」と考えていましたが、ベンチャー企業や事業部の立ち上げを経験する中で、「起きている時間すべてが仕事」という意識改革が完成していました。
非常にブラックな考え方に聞こえるかもしれませんが、個人事業主として始めたばかりの方には、むしろこれくらいの意識の方が良いと思います。ほんとに。
2021年 金田一、社員から役員になる。
有限会社willplantでも様々な経験をさせていただきました(現在も進行形で経験を重ねています)。
会社内にWEBチームが発足し、部下も持つようになりました。
ただ、個人事業としても様々な経験を重ね、周囲との付き合いもフリーランスか経営者という方々が中心になってきました。
友人と食事に行って、それが仕事の話になることも珍しくありません。
自分で解決できる案件ならまだしも、その案件をwillplantで受注することになれば…食事に行った時間は残業代申請した方が良いのでしょうか。
事業を営んでいる方なら分かると思いますが、このあたりの境界線の引き方は本当に難しいものです。
社長と相談の末、willplantの社員から役員へクラスチェンジ。
出社義務がなくなり、出勤時間の制限も解除され、いつでも仕事ができる、いわば無敵のクリエイターとなりました。
ただ、率直に申し上げて忙しくなりすぎてしまい、体調を崩してしまいました。
恩師から引き継いだ講師の仕事も、一度ここで辞めることを決断しました。
2025年 現在。
現在は個人事業主、制作会社の役員という2つの立場で仕事をさせていただいています。
長い文章になってしまいましたね。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
2025年がどんな年になるのか、とても楽しみです。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。